突然壊れたパソコン、さよならマックブック

買い換え時に下取りを申し込むと最大いくら値引き!だなんて、ホームページで大々的に宣伝しているにもかかわらず、いざ下取りをお願いしたらゼロ円だなんて人をおちょくるのもいい加減にしてくれ。もう金輪際リンゴマークとはおさらばだ!と、はじめは怒り心頭に発していましたが、冷静になって考え直してみれば図面も書類もウインドウズで一からつくり直すのは相当骨の折れる作業だし、だいいちそんな時間あるかな?と思い直し、今使っているソフトやデータをそのまま使えるのはマックしかないという事実を仕方なく受け入れることにした。
中古でも構わないので、もう一度同じノートを買うことも考えたのだが、二つほど気に入らないことがあり、その一つは液晶モニターだった。

買ってからすぐの段階で早々に気付いたのだが、モニターを見続けていると目の奥が痛くなってくるのだ。おそらく金属を溶接する時のアークを直視した時のような可視光の青光(ブルーライト)が出ているのだろう、何か人体に有害な光にばく露していることはほぼ間違いない。このパソコンに限って言えば特に痛くなるので、ブルーライトカットの眼鏡も買ったりしたのだが、いちいち眼鏡をかけることの煩わしさや、メガネ越しにモニターを凝視すると文字などの像がわずかにずれてぼんやりすることなど、それはそれで気になることもあった。とにかく最小限の明るさで事務作業しようといつも気にかけていたにもかかわらず、目が痛くなる問題は最後の最後まで解決に至らなかった。
それともうひとつ。
どこにでも持ち運べるのがノートパソコンの最大の強みであり、wifiが繋がる所であればインターネットさえも出来るパソコンではあったけれど、自分にとってはこの利点が逆に裏目に出て、夜中にダラダラと寝転がってインターネットテレビの将棋中継を見るようになった。
もともとテレビのない生活をずっとしてきたところに図らずもテレビのようなものが突然見られる環境になり、目が痛いのにパソコンを閉じる頃には自己嫌悪に陥ることもしばしばあった。別に天才中学生棋士が勝とうが負けようが自分には一切関係ないことなのに、布団に入ってからも勝負のゆくえが気になって、変な姿勢で見ているせいか肩凝りまでひどくなった。このままでは自分の人生まで奪われるようで、金輪際ノートはやめよう!と決心して、修理もせずにPCリサイクルに出すことにした。

まるで買ってきたばかりのよう。

ダンボールも大事に取ってありました。

どんなかたちでリサイクルされるのか、最後まで見届けたい気持ちもありますが、適切に取り扱われることを信じて郵送した。
買い換えて一年半の電源アダプターは、もったいないのでヤフオクに出品して、寛大な人に有効活用してもらった。

まずは手持ちのiPodを操作してアップルのホームページ下にある「整備済製品&旧モデル新品」をチェックした。中古のマックミニを買って、モニターは目に優しい質の良いものを買う計画だ。しかし、旧モデルといっても決して安くなっているわけではなく、メモリもハードディスクも盛りに盛って販売しているので、新しいマックミニと値段が変わらないか、もしくは高いのである。おいおい、どこまで貪婪な会社なんだ。呆れるを通り越して嫌悪感すらある。
いくらなんでも1テラバイトのハードディスクなんて自分には必要ない。同じような金額ならいっそ新しいものにしようと考え、オンラインストアで最下位グレードのマックミニを買った。

上に物が置けるように簡単な箱をつくった

今度はモニターをどうするかがもう一つの選択になるのだが、今現在メインで使っている17インチのモニターはなんと16年前に買ったもので、一度メーカーに修理をお願いしたら、使用時間が短いという理由で無償で直してもらったことがある。今どきそんな会社あるだろうか?新品同様になって帰ってきたモニターに嬉しくなって、また次回購入する時はこのメーカーだなと考えていた。

昔はナナオという会社の製品

画面の真ん中にモヤのようなものと、物理的に画面の端っこをぶつけた傷くらい。
モニターの寿命ってだいだい何年くらいなのでしょうか

そんなわけで今回買ったのが、ブルーライトを68%もカットするという23インチのモニター。
そのうち慣れると思うが16:9のアスペクト比が最近の主流なのでしょうか、かなり横長の印象だ。

キーボードも他社製

マジックマウス?いらない。マジックトラックパッド?いらない。モノを大事に使おうとする弱者を冷酷に切り捨てるアップル製品はなるべく避けて、第三国の製品でうまくやってゆくことに意地になっている気がしないでもないが、時価総額100兆円の亡者に今までたくさんお布施してきた。
パソコンが突然壊れてすったもんだして、とりあえずではあるが何とか一件落着したけれど、必要経費だと割り切って次々と買い換えることなど到底できない。比較の対象ではないことは十分わかっているのだが、木工機械や手工具などは手を入れればしっかりと応えてくれるモノとの距離感や関係の塩梅が身体感覚として染み付いている人間にとって、パソコン関係のモノとの付き合い方がいちいち納得できないのだ。
ひとつ困ったのは、自分のホームページを自分で管理しているのだが、パソコンが丸ごと変わってしまったのでスタイルシートであるsassをコンパイルできなくなり、一体何から始めたらいいのかすっかり忘れてしまい夜な夜なジタバタしてしまった。

突然壊れたパソコン2

さっそく壊れたパソコンを修理するために、予約した時間に合わせて有楽町へ向かう。家電量販店によくある人とモノが入り乱れた喧騒の売り場をいくつもかいくぐり、修理受付がある7階へ辿り着くとカフェが併設してあるカウンターがあった。
念のためにバックアップも取ってあるし、取り立てて慌てる必要もないのだけれど、やることが山積している中でわざわざ持ち込み修理をお願いしていること自体に、なんとなく気持ちが焦っている。
予約の旨をカウンターにいる白いポロシャツの男性に伝えると、「こちらで少々お待ちください」とアイフォンの修理をお願いしている若いカップルの隣の席に案内され、5分ほど座って待っていると「私がお伺いします」と先ほどのポロシャツ男性が挨拶をする。なんだかちょっと白々しい感じもしたが、鞄からパソコンを取り出して、現在の状況と故障箇所が判明すれば部品の交換をしてもらうように伝える。
例によって電源ボタンの長押しから始まり、おなじみのSMCリセットやらPRAMクリアーやら色々試してもらうのだが、相変わらずパソコンはウンともスンとも言わず「こちらで詳しく見てみますので、万が一のためにバックアップはとってありますか?」と男性は鷹揚に確認して、ゆったりとした動作で奥のドアに消えた。

奥といっても天井や壁の形状から推察すると、ドアの向こうはせいぜい大人4人がタバコを吸うくらいの細長いスペースしかなく、その狭い空間で一体何を診断するというのだろう? 大抵は修理待ちの端末や引き取り待ちのパソコンがスチール棚に所狭しと並んでいたり、細かい部品をつまむニッパーやらペンチやら道具の数々と、何の書類だかわからない書類やファイルが雑然と置かれた雰囲気の中で、ホコリを飛ばす小型コンプレッサーの音など聞こえたりするものだが、奥の小部屋はシンと静まり返っている。ほんとうは修理といっても実はただの窓口で何もしていないんじゃないかと薄々感じながらさらに10分ほど待つ。
多少の期待もあっただろうか、修理すれば直ると思い込んでいたフシもあっただろうか、ポロシャツ男性が奥のドアからゆったりと出てきて、原因がわからないので修理センターに出すことになるといい、金額を尋ねると絶句の63,800円という返事。先日のサポートセンターでの電話であらかじめ聞いていた話とは全く逆の内容で、ネジを一本交換しただけでも一律53,000円をむしり取るアップルの金額よりもさらにマージンをのせた金額をいけしゃあしゃあと言うので、果たしてそれが税別なのか税込みなのかも一瞬で聞く気が失せてしまった。
「ノートパソコンの寿命は4〜5年って言われているんですよ〜」と追い討ちをかけるような言葉に心もポッキーのように折れて、やっぱり買い替えを検討してみます、、、と声を絞り出して席を立った。

別にサポートセンターの電話の人も、ゆったりとした白いポロシャツの男性も、決められたマニュアル通りにきちんと仕事をしているだけで、独りよがりの妄想を膨らませた変な客から勝手に腹を立てられるようなことは何一つしていないのだ。そりゃそうだ。落胆をため息と不安と焦りがごちゃ混ぜになった気持ちで、五階のアップルストアに並んだピカピカのパソコンと値札をひととおり交互に見て、別の売り場のエイスースやらレノボやらもなんとなく眺めて、結局何も買わずに人とモノが錯雑した喧騒のビルを後にした。

帰りの電車の中でいよいよ頭を冷やし、この際は製造販売元であるアップルに下取りしてもらい、何でもいいから買い替えの足しにするのも一案と考え、ものは試しとばかりに下取りを申し込むと下記の結果。

突然壊れたパソコン

今からおよそ5年くらい前だろうか、オンラインでノートパソコンMacbookAirを購入したのだが、それまで快調に動いていたにも関わらず、ある日突然システムが落ちて真っ黒の画面になった。
パソコンのクラッシュは慣れているので、用心深くバックアップも取っているのだが、突然やって来るとやはり動揺する。
あぁ、、ついに来たかと思いながら、パワーボタンを長押ししてみるものの、機械はウンともスンとも言わない。困った時のSMCリセットやら何やらを何度も試みるも何ら変わらず、無駄な悪あがきと頭ではわかっているものの、古いOSをゴソゴソと引っ張り出してきてMac OS X 10.6 (コードネームはSnow Leopard、そんな雪ヒョウがどこに生息しているのか見当もつきません)のDVDを外付けのドライブから読み込んで、壊れたディスクの修復を試みようとする。しかし、USBバスパワーのドライブは通電しているのに空しくDVDディスクが回転するだけで、すでに化石となったOSなどはハナから無視と決め込んでいるのか、相変わらずパソコン本体はウンともスンとも言わない。もはや手の施しようがなくなり、万策尽きる思いでアップルのサポートデスクに電話をした。

以前だったら電話をかけるのは苦手だった。
というのも、この極東アジアの島国からアップルのような世界的グローバル企業に電話をすると、受話器の向こう側で対応してくれるのは怪しい日本語を話す外国人のオペレーターで、「あのーちなみにそちらは、、、どこの国ですか?」と思わず聞きたくなるようなひどい電波状況で、耳障りなノイズと必死で言葉を聞き取ろうと受話器を耳に押し当て、電話を切る頃には左の耳も痛くなりヘトヘトになったことがあるからだ。
ところが、今回は違った。
落ち着いた日本人の男性が対応してくれて、携帯電話によくある雑音はあるものの、約20分にわたる電話越しの二人羽織のような遠隔操作と、あれやこれやの質問や応答、状況説明やこれからの対応などのやり取りを経て、何事もなく心穏やかに受話器を置いた。
やはり時価総額100兆円を超えるほどの超巨大企業になると、自分たちの利益だけではなく顧客のサポートもそれなりに手厚く行き渡ってくるのでしょうか。
結局、システムが落ちたままのパソコンは一切変わらず、残る選択肢としてはアップルに委託して一律53,000円の修理代金で直すか、または近所の正規プロバイダーで予約して、壊れた箇所だけを直す可能性を探るか、はたまた秋葉原あたりの雑居ビルで執刀するブラックジャックのような非正規業者に目をつぶって持ち込むか、あるいはいっそウインドウズも視野に入れた新品に買い換えるかの4択になった。


左のコマンドキーが一番光っている。

「古いものですからお金をかけて直しても、また他のパーツが壊れる可能性は高いですよ。」と、電話のオペレーターが買い換えを促す説得力のある言葉も耳に残っている。
しかし、わずか5年足らずの使用でゴミになるなんてあまりにももったいないし何より忍びない。それにこんなことを言えば元も子もないのだが、使い捨てるにしては購入金額に見合うだけの価値がそもそもあるものなのかと疑ってみたりもする。もう何年前だろう、「さまよえる廃棄パソコン」という本を読んで暗澹たる気持ちになったのを思い出した。
どうするべきかしばらく考えて、パソコンの修理が出来る正規プロバイダーを小型端末で探し、直近で予約可能な一番近いお店が有楽町のビックカメラだと分かる。
有楽町?おいおい、近所が有楽町なんてどうかしてる、と感じるも、JRのホームからすぐに見える昔デパートだった所だと思い出し、ビルの壁面に光るカタカナの赤いロゴを頭に浮かべるや否や、♪東がセーブで西トーブー♪って歌が脳内でリピートする。
なんてこった。
かつて池袋で浪人していたせいで能天気なメロディーが耳に刷り込まれていて、ウン十年という時を経て変な記憶のトリガーに引っかかってそれが鮮やかに復活したのだ。まったくもって大脳という名のハードディスクは不可解で、どうしようもない歌がメモリーを食い散らかしているという事実に呆れてしまうが、背に腹は替えられない。まずは修理予約をして起動しなくなったパソコンを持ち込み、専門家に診てもらった結果を聞いてから判断しようと決める。

リンゴマーク、あれこれ

つい先日のこと、京都にある接着剤屋さんにインターネットでボンドの注文をしている時、ノートパソコンに電気を供給する四角いプラスチックの部品から電線がショートするような「パチパチッ、ジジッ、、」と実に嫌な音がした。
あれ?と思い充電状態を知らせるLEDのランプを見ると、案の定消えている。気のせいかもしれないが、何か焦げたような不吉な匂いもした。ひょっとしてパソコンが壊れたのか、それとも電源アダプターが壊れたのか瞬時には判別できなかったのだが、コンセントを押しても引いてもランプが点かない。
給電が出来ないのだから充電池が切れたらパソコンがそれっきりになる。

電気を節約するためにノートパソコンを閉じて、メインで使っている古いデスクトップパソコンを立ち上げて、何のサポートもしなくなった古いブラウザでリンゴマークのアップルストアを覗いてみる。
もたつく挙動になんとか対応機種の充電用電源アダプターを見つけるが、驚いたことに税別ひとつ8,800円もするので卒倒しそうになった。ただのコンセントなのに、、、。
あらためて気持ちを切り替えて、今度はジェフ・ベゾス率いる帝国、アマゾンでサードパーティー製の代替え品がないかどうか根気強く調べてみると、なんと純正品と較べて1/5程度の値段で売られている商品もあり、おいおい、林檎ボッタクリだろ!と腹が立ってしまった。

困ったな、、、従順なリンゴ信者になって純正品を買うべきか、それとも安かろう悪かろうのどこぞの国でつくっているのかもわからないバッタもんを勇者のように買うか、、、なるべくお高いリンゴは避けようとパソコンの周辺機器は非リンゴで貫いてうまくやってきたのだが、よせばいいのに悩みに悩んだ。
しかし悩んでいても一向に物事は進展しないので、強気な値段だけどしょうがない、何かあった時の一年保証付きの純正品を結局アップルストアにひとつ注文した。
木工機械を自分で修理して電源につなぐ時の電気の恐ろしさを知ってしまったのも、その理由の一つでしょうか。

サブで使うパソコンとはいえ、インターネットがないとやっぱり不便だよなぁとぼんやり思いながら過ごしていたのだが、驚いたことに注文をした翌日の午前9時過ぎにはヤマトのいつものお姉さんが届けてくれた。異常なスピードである。
注文から24時間も待たずに自分の手元に届くのが当たり前だなんて思いたくない。

新しく届いたものであっけなく充電できるようになり、使えなくなったパーツを意味もなくバラしてみる。
充電中はかなり熱を発するのだが、基盤がアルミの遮熱板に包まれて、中はスシ詰め状態だ。半田付けした部品がグラグラしないように堅いシリコンで隙間を充填しながら固定されている箇所もある。
悲しいかな何の部品か一つとしてわからないのだが、一時が万事、パソコンも電話の中身もこんな風に細かいパーツでギッシリ詰まっているのだろう。

基盤の裏側。
遥か海の向こうで誰かが設計をして、そのまた遥か海の向こうの大陸で誰かがつくっていて(細かい作業ご苦労様です、、、)そのまた向かいの島の人間が、いびつに歪んだ世界だと思いながら能天気に200匁の玄能で叩いて割っている。

ウェブは英語の世界

久しぶりに調べたグーグルアナリティクスの結果に腰を抜かし、携帯端末で見ることを最優先にしたカッコいいホームページをつくろうと思い立ったのが今から2年近く前。

英語をベースに目まぐるしい勢いであらゆるものが新しくなっていくウェブの世界というものは、僕が初めてホームページをつくった6年前とはすっかり様変わりし、HTMLの文法も構造も変わり、スタイルシートのプロパティも増えて見た目のスタイルも変わり、フラッシュも廃れ、何より大きさの違う端末に対応するためにつくり方や考え方そのものが柔軟に変化していた。

気持ちも新たに一念発起して「レスポンシブWebデザイン」と「これからのWebサイト設計の新しい教科書」という二冊の本を買い(これでホームページ関連で通算7冊買ったことになる)少しづつ勉強をしていくうちに世界の秀才プログラマー達が大挙して群がるギットハブなるものを知り、ジャバスクリプト、ルビー、サス&コンパスといろいろ勉強しなくてはいけない無理難題が噴出してきて、藁をもすがる思いで再び本屋に駆け込んでみれば、プログラマーの人しか手に取らない本がぎっしりと並んでいるコーナーに足を止めていたりして、
「おいおい、俺はメタ言語なんて勉強して一体何するつもり?」と我に返った日もあった。

ホームページ制作の途中、12年間を共に闘ってきた相棒でもあるパソコン、パワーマックG4がついにあの世に行き(爆竹が鳴ったような回線がショートする音のあとにウンともスンとも言わなくなる目の覚めるフィニッシュ)、もうアップルマークとは決別しようと思いながらも手持ちのソフトの関係で中古のマックミニを3万円で買い、ドリームウィーバーを夜な夜な立ち上げてみてはモニターと向き合い、失意とあきらめと悶絶と苛立ちとため息と嘆きと憎悪と憤怒の間にある目の疲れの果てに、とりあえずケータイ対応にはなったものの、全然カッコよくない中身スカスカのホームページが出来上がった。
結局、試行錯誤とすったもんだの末、本来使う予定だったブートストラップに見切りをつけて、ファウンデーションエッセンシャルというシンプルで軽いCSSフレームワークを使い、ペタペタと写真や文章をテンプレートに貼り付けて、実労4日程度の作業だった。
もう絶句の一言。

でも、、、これでいいのだ。

あと5年もすれば、再び何もかもすっかり変わってゆくことでしょう。
なんといってもウェブは英語の世界なので、我々日本人は新しいプラットフォームを開発できるはずもなく、海の向こうの世界を後追いで真似して楽しくやっていくよりほかありません。