チップソーは研磨してもらいます。

漫画のような刃物ですが、まごうことなきリアルな現実です。
大きな力で高速回転して、硬い木材を切り裂いていきます。
怪我をするとしたら、まあ多分これだよな〜といつも思っている。

変則的な取り付け方をしてますが、これも研磨してもらいます。
余談ですが、むき出しのベアリングってやつはすぐに木屑が詰まって動きが悪くなるので、日々闘いです。

慎重に刃物を外して、、、

大きいものやら、小さいものまで、合わせて五枚ぶん研磨してもらいます。
ジョインター刃に関しては自分で研磨してますが、チップソーは専門の方に研磨してもらいます。
刃先が欠けた場合、ものによっては一枚4000円近くするので、いい加減な気持ちで扱うことが少なくなりました。
何でも自己責任なんです。

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美術というヘンな意識を捨てて、銭勘定をマッチョに鍛えよう

一枚板のねじれを取る五寸幅の大きなプレーナーが欲しい。
二寸二分の板をらくらく切断できる大きな丸ノコが欲しい。

いつも同じものをつくっているわけではないので、新しい仕事のたびに新しい道具が必要になってくる。
これは必要だからとやみくもに設備や道具を充実させてゆけば、明日を生きていくためのパンが買えなくなることを学んだのはつい最近の話。

必要最低限の道具がなければカタチに出来ないし、そこに何の価値も生まれないのだが、このごろは本当に必要な道具なのか?これから先もずっと使っていく見込みのある道具なのか?と自分に問いかけて、新しい道具を買い足したい気持ちにブレーキをかけるようになった。
いい歳して呆れるくらい簡単なことに今更気づいたということでしょうか。
それに自分は美術をやっているというヘンな意識が根強くあり、ビジネスとしての銭勘定をマッチョに鍛えていかないと、この先の明るい未来はない。

82ミリのプレーナーで十分じゃないか。
効率よくムラ取る方法を工夫しよう。
一枚板の加工なんて、何度もするものじゃない。
普通の丸ノコを工夫して、木口かんなで仕上げよう。

加齢による老化現象だってさ

作業台まわりの照明は天井から吊るした蛍光灯に加えて、デスクライトを二台ぶん取り付けてずっと仕事をしてきたのですが、近年は夜になると手元が暗いと感じるようになり、新たに購入した三脚にデスクライトを取り付けて、手元の真上から照らせるようにした。
ついでに日立の充電池があるので、充電式のLEDライトも追加してピンポイント照射できるようにすると、以前と比べてだいぶ明るくなった。

旋盤で木製アダプターをつくり、3/8”(スリーエイス)のタップを切ってノブボルトで固定できるようにした。
こうなると欲が出てさらにアームの長い山田照明のZライトあたりが欲しくなってくるが、これはこれで便利に使えているのでアップグレードは贅沢になるだろう。

それにしてもこの怪しい激安スタンド、ニューワー?何それ?と思って買いましたが、どうやら中国の深センにある撮影機材のメーカーだそうです。
安かろう悪かろうなんてもう過去の話。信じられない低価格なのに質がいいのである。
製品の取り扱い説明書も中国語と英語しか書かれていない本物の中国製品だが、あんまり関係ないと思っていた自分の身の回りにも少しずつ増えてきている。

そして我らが日立工機もどうなっちゃうのか心配していた人も多かったと思いますが、結論から言うと、、、カッチカチに硬い透明プラスチックのブリスターパックで電動工具をおもちゃみたいに梱包するほどグローバル化して、名前もすっかり変わり果てました。

きわめつけはこれ。
今年の初めくらいでしょうか、ヒンジをインストールする時などの細かい加工の際、鑿の刃先にピントが合わないことが多くなり、老眼を疑ってメガネ屋さんで視力検査をしてもらうと眼精疲労だと言われ、なるべく遠くを見たり目を酷使しないようにそれなりに気をつけていた。
しかし先週、納品も済んで少し気持ちに余裕ができたせいか、最近のピンボケは老眼なのか否かをはっきりさせたいと眼科できちんと検査してもらうと、なんてことはない平凡な老眼が始まっているとのことでした。視力が1.5と1.2で良すぎるわけでもない普通といえば普通の視力ですが、加齢による老化現象は避けがたくヒタヒタと我が身にもすり寄ってきて、メガネもまた良し!とその足でメガネ屋さんへ行き、もらった処方箋を渡して老眼鏡をつくることにした。

「これなんて似合いますよ〜」と揉み手でお店の人におだてられて、釈然としない気持ちで鏡を覗き込んでいたのですが、結局おすすめされるがままのフレーム&レンズセットで税込22,300円の眼鏡をつくってもらった。
なんだか自分のオヤジが学生時代にかけていた眼鏡みたいで、まるで昭和レトロの雰囲気だ。
近くの小さな文字などは劇的によく見えるようになるのですが、眼鏡をかけたまま歩くと気分が悪くなるくらい世界が歪んでいる。
とはいえ、人生初アイテムなので気分的には上がってちょっと自慢したいのですが、これはなんと言えばいいのか、男と女の性差でしょうか、いつかどこかで出会った女性達の恥ずかしそうに弁明しながら眼鏡を手にする仕草をいくつも思い出したりした。

8月のこと

何をしているのかさっぱり分からない写真ですが、11ミリ厚の背板を仰々しくも接着しているところ。
しっかりと力が伝わるように当て木をカタチにあわせてつくり、3ミリ厚の厚紙も用意して当たりをやわらかくします。
せっかく仕上げた箱に、無骨なハタガネやらクランプやら重い道具を当てがう時はいつだって緊張するのですが、
ボンドが乾くからといって慌てて傷でもつけてしまったら、今まで積み上げてきたものが一瞬で無に帰すことになります。

それにしても、今年の夏は暑かった。
暑いから捗りませんでしたなんて言い訳にならないけれど、夕方ごろから頭痛が激しくなり、何もできない夜が何日かありました。

帯鋸のゴム車

工房にあるバンドソー で木材を挽き割っている途中、突然機関銃のような音がしたので慌ててスイッチを切ると、なんとゴム車のゴムが欠けてしまっている。
木っ端が挟まったのか、はたまた連日の暑さでゴムが柔らかくなりすぎていたのか、それともいわゆる加水分解というやつでゴムの寿命が尽きたのか、あるいはウレタンゴムっぽい質がそもそも良くなかったのか、鋸刃を外して重い車輪も外し、しばらく呆然と眺めていると、帯鋸が使えないことと、修理にお金がかかることと、二つの現実を同時を突きつけられて血の気が引いていくのがわかった。

どんな場合でも下を向いていては問題の解決はないので、早速ゴム車の修理をお願いするのですが、12年前に中古のバンドソー を買った機械屋さんはまさかの廃業。研磨機を買ったり修理などお願いしていた近所の機械屋さんもすでに廃業。もうなんだかやりきれない気持ちになる。
木材加工に携わる人達の現実はちっとも甘くないのは十分わかっているのですが、それでも頑張って続けている機械屋さんにお願いして、ゴムの巻き替え作業をお願いすることになった。

もうこうなったら「バンドソー なし」でつくるしかないと、380ミリのチップソーを昇降盤に取り付けてみるも、やはり届かないものは届かない。いっそのこと大きな縦挽きのノコギリを調達して、富嶽三十六景の遠江山中を現代でやるしかないのかしらん?と、半分冗談で考えてみたりもする。
機械が使えなくなって改めて思うのは、昔の人って肉体も精神も現代人とは比べものにならないくらい強靭であったと(絵が過剰にデフォルメされていることを差し引いたとしても)つくづく感じる。