突然壊れたパソコン2

さっそく壊れたパソコンを修理するために、予約した時間に合わせて有楽町へ向かう。家電量販店によくある人とモノが入り乱れた喧騒の売り場をいくつもかいくぐり、修理受付がある7階へ辿り着くとカフェが併設してあるカウンターがあった。
念のためにバックアップも取ってあるし、取り立てて慌てる必要もないのだけれど、やることが山積している中でわざわざ持ち込み修理をお願いしていること自体に、なんとなく気持ちが焦っている。
予約の旨をカウンターにいる白いポロシャツの男性に伝えると、「こちらで少々お待ちください」とアイフォンの修理をお願いしている若いカップルの隣の席に案内され、5分ほど座って待っていると「私がお伺いします」と先ほどのポロシャツ男性が挨拶をする。なんだかちょっと白々しい感じもしたが、鞄からパソコンを取り出して、現在の状況と故障箇所が判明すれば部品の交換をしてもらうように伝える。
例によって電源ボタンの長押しから始まり、おなじみのSMCリセットやらPRAMクリアーやら色々試してもらうのだが、相変わらずパソコンはウンともスンとも言わず「こちらで詳しく見てみますので、万が一のためにバックアップはとってありますか?」と男性は鷹揚に確認して、ゆったりとした動作で奥のドアに消えた。

奥といっても天井や壁の形状から推察すると、ドアの向こうはせいぜい大人4人がタバコを吸うくらいの細長いスペースしかなく、その狭い空間で一体何を診断するというのだろう? 大抵は修理待ちの端末や引き取り待ちのパソコンがスチール棚に所狭しと並んでいたり、細かい部品をつまむニッパーやらペンチやら道具の数々と、何の書類だかわからない書類やファイルが雑然と置かれた雰囲気の中で、ホコリを飛ばす小型コンプレッサーの音など聞こえたりするものだが、奥の小部屋はシンと静まり返っている。ほんとうは修理といっても実はただの窓口で何もしていないんじゃないかと薄々感じながらさらに10分ほど待つ。
多少の期待もあっただろうか、修理すれば直ると思い込んでいたフシもあっただろうか、ポロシャツ男性が奥のドアからゆったりと出てきて、原因がわからないので修理センターに出すことになるといい、金額を尋ねると絶句の63,800円という返事。先日のサポートセンターでの電話であらかじめ聞いていた話とは全く逆の内容で、ネジを一本交換しただけでも一律53,000円をむしり取るアップルの金額よりもさらにマージンをのせた金額をいけしゃあしゃあと言うので、果たしてそれが税別なのか税込みなのかも一瞬で聞く気が失せてしまった。
「ノートパソコンの寿命は4〜5年って言われているんですよ〜」と追い討ちをかけるような言葉に心もポッキーのように折れて、やっぱり買い替えを検討してみます、、、と声を絞り出して席を立った。

別にサポートセンターの電話の人も、ゆったりとした白いポロシャツの男性も、決められたマニュアル通りにきちんと仕事をしているだけで、独りよがりの妄想を膨らませた変な客から勝手に腹を立てられるようなことは何一つしていないのだ。そりゃそうだ。落胆をため息と不安と焦りがごちゃ混ぜになった気持ちで、五階のアップルストアに並んだピカピカのパソコンと値札をひととおり交互に見て、別の売り場のエイスースやらレノボやらもなんとなく眺めて、結局何も買わずに人とモノが錯雑した喧騒のビルを後にした。

帰りの電車の中でいよいよ頭を冷やし、この際は製造販売元であるアップルに下取りしてもらい、何でもいいから買い替えの足しにするのも一案と考え、ものは試しとばかりに下取りを申し込むと下記の結果。

突然壊れたパソコン

今からおよそ5年くらい前だろうか、オンラインでノートパソコンMacbookAirを購入したのだが、それまで快調に動いていたにも関わらず、ある日突然システムが落ちて真っ黒の画面になった。
パソコンのクラッシュは慣れているので、用心深くバックアップも取っているのだが、突然やって来るとやはり動揺する。
あぁ、、ついに来たかと思いながら、パワーボタンを長押ししてみるものの、機械はウンともスンとも言わない。困った時のSMCリセットやら何やらを何度も試みるも何ら変わらず、無駄な悪あがきと頭ではわかっているものの、古いOSをゴソゴソと引っ張り出してきてMac OS X 10.6 (コードネームはSnow Leopard、そんな雪ヒョウがどこに生息しているのか見当もつきません)のDVDを外付けのドライブから読み込んで、壊れたディスクの修復を試みようとする。しかし、USBバスパワーのドライブは通電しているのに空しくDVDディスクが回転するだけで、すでに化石となったOSなどはハナから無視と決め込んでいるのか、相変わらずパソコン本体はウンともスンとも言わない。もはや手の施しようがなくなり、万策尽きる思いでアップルのサポートデスクに電話をした。

以前だったら電話をかけるのは苦手だった。
というのも、この極東アジアの島国からアップルのような世界的グローバル企業に電話をすると、受話器の向こう側で対応してくれるのは怪しい日本語を話す外国人のオペレーターで、「あのーちなみにそちらは、、、どこの国ですか?」と思わず聞きたくなるようなひどい電波状況で、耳障りなノイズと必死で言葉を聞き取ろうと受話器を耳に押し当て、電話を切る頃には左の耳も痛くなりヘトヘトになったことがあるからだ。
ところが、今回は違った。
落ち着いた日本人の男性が対応してくれて、携帯電話によくある雑音はあるものの、約20分にわたる電話越しの二人羽織のような遠隔操作と、あれやこれやの質問や応答、状況説明やこれからの対応などのやり取りを経て、何事もなく心穏やかに受話器を置いた。
やはり時価総額100兆円を超えるほどの超巨大企業になると、自分たちの利益だけではなく顧客のサポートもそれなりに手厚く行き渡ってくるのでしょうか。
結局、システムが落ちたままのパソコンは一切変わらず、残る選択肢としてはアップルに委託して一律53,000円の修理代金で直すか、または近所の正規プロバイダーで予約して、壊れた箇所だけを直す可能性を探るか、はたまた秋葉原あたりの雑居ビルで執刀するブラックジャックのような非正規業者に目をつぶって持ち込むか、あるいはいっそウインドウズも視野に入れた新品に買い換えるかの4択になった。


左のコマンドキーが一番光っている。

「古いものですからお金をかけて直しても、また他のパーツが壊れる可能性は高いですよ。」と、電話のオペレーターが買い換えを促す説得力のある言葉も耳に残っている。
しかし、わずか5年足らずの使用でゴミになるなんてあまりにももったいないし何より忍びない。それにこんなことを言えば元も子もないのだが、使い捨てるにしては購入金額に見合うだけの価値がそもそもあるものなのかと疑ってみたりもする。もう何年前だろう、「さまよえる廃棄パソコン」という本を読んで暗澹たる気持ちになったのを思い出した。
どうするべきかしばらく考えて、パソコンの修理が出来る正規プロバイダーを小型端末で探し、直近で予約可能な一番近いお店が有楽町のビックカメラだと分かる。
有楽町?おいおい、近所が有楽町なんてどうかしてる、と感じるも、JRのホームからすぐに見える昔デパートだった所だと思い出し、ビルの壁面に光るカタカナの赤いロゴを頭に浮かべるや否や、♪東がセーブで西トーブー♪って歌が脳内でリピートする。
なんてこった。
かつて池袋で浪人していたせいで能天気なメロディーが耳に刷り込まれていて、ウン十年という時を経て変な記憶のトリガーに引っかかってそれが鮮やかに復活したのだ。まったくもって大脳という名のハードディスクは不可解で、どうしようもない歌がメモリーを食い散らかしているという事実に呆れてしまうが、背に腹は替えられない。まずは修理予約をして起動しなくなったパソコンを持ち込み、専門家に診てもらった結果を聞いてから判断しようと決める。

裏刃セッティングブロック

工房には木材を加工する機械がいくつかあるのですが、ここ近年アップグレードしたいなぁと考えているものに、板の厚みを決める自動一面かんな盤というものがあります。
機械といってもピンからキリまであるのですが、使用しているのは松竹梅でいえば梅クラスの機械でしょうか。
主軸を回す2.2kwのモーターが一つ付いているだけで、送り速度の切り替えはアナログな二段階ギア、定盤の上げ下げは手動、贅沢を言わなければそれで十分、松クラスのものなんて中古で100万円近くもするし、あとで鉋がけすればいいんだと諦めてずっと使ってきました。
しかし鉋がけの量が多くなるほど、そして機械を通した後に逆目があった時などは特に、もう永遠と思えるほど果てしなく時間がかかってしまい、もうちょっとなんとかならないかなぁと考えるようになり、機械の裏刃をもっと寄せるためのゲージブロックを制作してもらった。

1/100ミリ単位の違いが仕上がりに差が出てくるのは経験済みなので、神経質に細かい寸法まで図面に描いたけれど、制作していただいた社長さんには難しいんだよと言われてハタと気づきました。
そりゃそうだ、プロだからといって寸法ぴったりに仕上げるのは金属だろうが木材だろうが簡単なことじゃない。

右の2セットは機械に付属しいる既存のもの、なんとなくよそ見しながらダラしなく面取ってますが、頼んだものはキリッとしてます。
いろんな状況に応じて荒加工から仕上げ加工まで、つくってもらったブロックをその都度付け替えて、裏刃を寄せたり緩めたり、最後の手鉋をかける時間が短くて済むように暫くはこれで頑張ってみます。

清流に住むと言われる、空飛ぶ宝石

工房のすぐ裏には、原野と呼ばれる鬱蒼とした手付かずの森が広がっていて、その真ん中を貫くように農業用の用水路がありました。
水があふれたことなど一度もありませんでしたが、老朽化に伴い、あるいは地方救済のための公共事業か、おそらくいちばんは地域の人が安心してお米をつくれるようにするためのインフラ整備のため、千葉県が主導する水路の拡張工事がいよいよ始まりました。
工事が着工するまでには何年くらいかかったでしょうか、森をなしていたヤブニッケイやハゼ、クロマツ、コナラやイヌマキなどの樹々は大型粉砕機によりチップとなり、法務局にある古い地積測量図をもとにあらためて測量をして、地主さんとの用地の分筆と合筆(私も協力しました)、何かあった時のための証拠として家屋調査もしっかりとして、原っぱになった場所には子供が大喜びしそうなクレーンやパワーショベル、ダンプカーにローラーが次々と勢ぞろいしました。
水の工事なので施工を担当した責任者は何度も菓子折りを持参し、雨が降った翌日はもちろん、休日の朝からも現場をよく見て回っていたのがとても印象的だった。
朝の8時から断続的に続く音と振動はあんまり考えないようにしていましたが、夕方5時には必ず静かになるのでホッとしたのを覚えています。

長く続いた工事も終わり簡単な柵も出来上がって、窓からの景色はすっかり変わり果てたのですが、柵の上に青い鳥をみかけるようになり、ひょっとして、、、と思い図鑑で調べてみると、清流に住むと言われる空飛ぶ宝石、カワセミでした。
警戒心が強いのか、せわしなくじつにすばしっこい動きで、興味本位で近づいてゆくとすぐに逃げてゆく。

手持ちのカメラで目一杯拡大してみる。
バードウォッチング用の双眼鏡やフィールドスコープ、はたまた木工とは全く関係のない望遠レンズが欲しくなってくる。
カワセミと聞けば、山の渓流に住んでいるイメージなのに、海の近くにも生息しているのが不思議といえば不思議です。
それにしても、気まぐれな野鳥や野生動物の姿をドラマチックに撮影するカメラマンの辛抱強さと情熱は、自分がカメラを構えてみるとわかるのですが並大抵のものではないことがよくわかります。

川面を見つめているのでなく、川の中を泳いでいる魚を狙っている様子。

弾丸のように川へダイブして一瞬で小魚を捕まえます。
しばらく鳥を観察していると、だいたい一度の食事で3匹か4匹ほどハンティングして、そしてまたどこかへ飛んでゆきます。

カワセミが見つめていた水面。
おいおい、どこが清流なんだよと突っこみたくなる、ヘドロが沈んでいるような濁流。
あとでカワセミちゃん、お腹下してなければいいんだけど。

ウォールナット、再び

写真は昨年末にお客様のもとへお届けした、二枚ハギのウォールナットのテーブル用材料。
太い丸太を製材して、二枚の板をあたかも本を開くようなかたちで板を合わせることをブックマッチと呼ぶのですが、多少の節とうねりこそあれブックマッチで贅沢に仕上げた天板になった。
頑張った甲斐があってとても気に入っていただき、年明けにもうひとつ注文を頂いた。

制作途中の様子。
既存脚部との関係で反り止めの桟が内側に寄り、しかも短くなってしまうので、普段あまりやらない寄せ蟻にした。

はぎ合わせの桟。
たかだか5センチほどしか叩けないし、木が柔らかいこともあって勾配はつけずにストレートで入れた。

傷つかないように当て木をして、重い玄翁で少しずつ叩いて任意の位置まで追い込みます。

塗装してみる。
見ての通り、前回の板と比べると、節やら割れやら芯やら白太やら、もうこれ以上ないくらい木の表情がてんこ盛りになっています。
向かって右側の板に中央付近まで埋め木がしてあるのが確認できるでしょうか。
そうです、割れていたのです。

肝心のオモテの様子。
今回は板があまり良くないことを承知していただいたものの、ゴジラかキングギドラが火を噴いたようなワイルドすぎる木目で、しかも共木の板とはいえ芯持ち割れすぎの板でなかなか手ごわい仕事でありました。
ブックマッチにするとあまりにも木目のバランスが悪く、あえてそれを避けて矧ぎ合わせた。

向かって左側の板は特に芯割れがひどく、切り落とした端材からもわかるように、すがすがしいほどの状況でした。

割れを修正した箇所、木口の処理。
まず天板の裏側に深く埋め木をして、その後木口をあらためて埋め木してから表を三分の一ほど埋め木した。
木目も合わせようと試みるが、やはり見れば気づく。

高分子イソシアネート系という白い接着剤を使うのですが、ウォールナットくらい色味の濃い樹種は木口の導管に入り込んだボンドが塗装をしたあとでうっすらと浮かび上がってきます。
どうしたって何をしたって入り込んでしまうので、いっそボンド自体に何か着色して色をなじませた方が目立たなかったと思います。

チギリ三連発。
深さは14ミリほどの浅いもので、大きな穴を隠すいわば飾りの化粧です。

やわらかいウォールナットで良かった。
輸入材を扱うことの是非もあるけれど、はるばる自分の手元にやってきた材料くらいは、せめて無駄死にさせることがないようにといつも心がけている。