動画撮影、その二

Photo by @pon_pokopoko 

短い撮影時間の中では出来ることなど僅かしかなく、とりわけ木工という仕事は使う道具をあれこれ用意して、治具もセットして、試し加工も済ませ、緊張の1工程をやって午前中はおしまいなんてよくある事だ。制作中のものが完成した状態まではお見せできないけれど、支障がない程度に色々な工程を順番に考えていたのだが、一つ手落ちがあった。
ああそうだ、、、仕事も大事だけれど身なりも人並みに整えるべく床屋に行っておこうと思いつき、いつものように予約のための電話をすると、なんと二週間先までいっぱいだと言う。
困ったな、、、予約なしの知らない床屋さんに飛び込んで行って1時間近くも待たされるような時間的余裕もないし、かといって町に溢れるキラキラ美容院に行ってファッション誌を広げた女性のとなりで髪の毛を切ってもらうなんてソフトな拷問に等しい。以前は食品スーパーの隣に併設されていた入り口は一つだけれど、手前が床屋、その奥が美容室という不思議な間取りの床屋さんに通っていたのだが、人手不足なのかシャンプーだけ奥の美容でしてもらったことが一度あり、思いのほか抵抗を感じた。
結局、まあいいかと諦めたのだが、これがよくなかった。
後日編集を終えて出来上がってきた映像を見て思わずのけぞってしまったのだが、自分がつくった「もの」を人にまじまじと見られることには慣れてきたけれど、自分そのものが人から見られる対象になるなんて今まで考えたことすらなかった。

そして、当日は暑かった。
梅雨明け10日の快晴で、それまでのジメジメとした空を一掃したような真夏日であった。
撮影自体は丸1日で、注文を受けていた小ぶりのダイニングテーブルの制作風景からスタートし、天板のハギ合わせ作業を始めたのだが、なぜかいつもと様子が違う。
何か変だなぁ、何かがおかしいなぁ、、と感じながらカメラを向けられた状態で仕事を進めていくのだが、あとから思い返すといろいろなチグハグがあった。
たとえば、罫書きゲージを何故か逆手で持って墨付けしていたり、硬いナラの木を自動鉋で製材して、鋭利になった木端でまさかの指を切って流血したり、本当に暑い1日だったせいか、かんな台の下端が盛大に狂って今思い返してもちょっと落ち込んでくる削り具合だったり、とにかく時間内にあれをしなくては、これをしなくてはと気持ちも焦って、と同時にしっくりこない感覚を引きずりながら、かといって立ち止まって修正するわけにもいかず、終始あたふたしていた。
そんな調子で汗だくのまま午前中がすっかり過ぎ、お昼休憩を挟んでその後は質問形式の対話に移ったのだが、これがまた事前打ち合わせのないぶっつけ本番の鋭く核心に切り込んでくる質問で、どうにも答えに窮してしまい、しどろもどろの非常に歯切れの悪いものになってしまった。
アップル社のかつての大将、スティーブ・ジョブズは新製品のプレゼンテーションのために、事前に自宅で何度も何度も繰り返し練習していたことをある伝記で読んだ。あらかじめ質問内容を聞いておけば、かっこいい理想的な答えを夜な夜な考え推敲し、それこそ何度も何度も声に出して練習して、本番は淀みなくスムーズに答えられたかもしれない。
しかし、現実はあまりにも残酷で、普段思っていること、感じていることをわかりやすく言語化できずに、何の問題意識もなくぼんやりと目の前の仕事をこなしているだけの今の現状を突きつけられたようで、あとから一人で落ち込んでしまった。自分の仕事の強みや理念、あるいは大きなビジョンや社会に対しての働きかけ、それに将来の夢、何一つとしてまともに答えられなかったし、ひょっとしたら答えられないのではなく、もともと自分の中にこれっぽちも存在すらしないのではないのかとさえ思えた。

Photo by @theessenceofjapan


木工は刃物を扱う仕事だけに、誰かが見ているからと張り切って普段やらないようなことをして、最悪の場合は取り返しのつかない事になったりするのだが(そうならなかっただけでもマシと言えるが)自分は作業中にじっと人に見られていたり、時間ばかり気にして慌てていると、歯車がカラカラと虚しく空回りするような状態になると改めて感じた。なぜいつも通りじっくり一人で仕事している時のように鷹揚に構えていられないのか。
でもおそらくきっと、こういうのは性格というよりも何よりも、手を動かして何かものをつくりだす人の成熟度というか凄みというか、仕事にとことん向き合うプロ意識の欠如の表れというか、あるいは単にいろんな場数や経験が足りないだけのアマちゃんの言い訳ではないのだろうかとも思っている。

近いうちに編集されたムービーをアップロードしてもらう予定です。
本家ホームページの方でも紹介できればと考えています。

動画撮影、その一

つい先日、不思議なご縁があって自分の仕事の様子を動画撮影していただいた。
ユーチューブである。
制作風景とインタビューを撮ってもらい、それを持ち帰って後日編集していただき、完成したものをのちのち公開する予定で、果たしてどんなかたちのものになるのか、気分はすっかり俎板の上のコイ状態である。
本当のことを言うと、お話を頂いてからあれやこれやとあてもなくいろいろ考えて、普段取りかかっている仕事の段取りも毎回ギリギリで余裕がなく、ただ時間だけが過ぎてゆき、結局のところ、自分の宣伝や格好つけたセルフブランディングよりも何よりも、撮影してくださる方のキャリアアップや夢の実現に微力ながら協力できればと思い至り、恥ずかしいカッコ悪いを全部かなぐり捨てて、素っ裸のふんどしすら脱ぎ捨てた気持ちで引き受けたところがある。至人は己なしの高みは果てしなく遠いのである。

その後何回かメールでのやり取りがあり、いざ撮影となったら日にちは思いのほか急転直下で決まり、そうだよな、、、東京からわざわざ大型の三脚や重いケーブルやら照明やら、全部ひとくくりにまとめてせっかく工房まで来ていただくのだから、できる限りの準備をしよう、無駄足にならないように効率よく撮ってもらおう、と、あたふたと時間に追われたけれど、当日待ち合わせたJRの駅でお会いしてみれば、あれ?と思うほど身軽ないでたちで、テニスの試合に持っていくようなカバンひとつだけだった。
まさか肩に担くようなテレビ局のカメラではないとぼんやり想像していたものの、その撮影機材のコンパクトさに驚き、工房に着いてやおらカバンから取り出したのはなんと、ソニーの小さなミラーレス一眼だった。
へえと感心して聞くと、今はこちらの方が主流とのこと。時代は確実に変化しているのである。

チェリー、天板

板目2枚ハギの共木の天板。
オイルを塗布してしばらく染み込ませ、ウエスで拭き取ると浮かび上がってくる饒舌すぎる木の表情にしばし手を止めて、思わずうっとりと眺めているところ。
一本の丸太から製材した板だけに、色味も同じ、木目も同じ、いわゆる共木(ともぎ)というこれ以上ない贅沢なつくりで、がんばって仕事を続けていればこうした出会いもあるのだとあらためて感じている。
天板向かって左の方を見るとハギ合わせたところがちょうど木表、木裏のブックマッチになっているので、光の反射具合でどこでくっつけたのか一目瞭然だ。しかし、それもまた共木であれば決して不自然ではない、新しい木の面白い表情にもなる。
それにしてもだ、明るい漆を塗って仕上げたようなこっくりとした味わいの色合いだ。西日に照らされて、きらきらと光を受けて反射する木の繊維の輝きは、もはや地上の宝石と言ってもよいほどに希少かつ貴重なもので、そんな自然が作り出した造形を切り刻んでかたちにする責任やプレッシャーもあるけれど、それよりもなによりも、無駄にしてはいけない、使えるものに仕上げなくてはいけないと、刃物を当てるたびに自分を言い聞かせて制作に向かった。

実際に制作するにあたっては、板が杢だけに鉋がけの際はならい目さか目、ならい目さか目と連続して削ってゆくことになるので、いい加減な気持ちで仕事をしていると陥没するほどの逆目がすぐに起きてしまい、プレーナーなどの機械加工はもちろん、横ずりの段階から刃口も裏刃も寄せて神経を使う作業になった。

先月の仕事

今からもう11年近く前、福島県の旧館岩村のオグラさんでヤマザクラの原木を購入した。
曲がりと少しねじれのある、直径も45センチほどの小ぶりな丸太。
製材機に入れる前にどの方向から挽いていくか、手術台に載せられたような丸太をゴロゴロと転がしながら、右から左から曲がりの向きや節の有無、木口割れの入り方をじっくりと観察する。
個人工房のような少量しか買わないお客でも、ものづくりに理解のある材木屋さんなので足蹴にされないのは本当にありがたい。

9分(27ミリくらい)ほど挽いて、まず白太。
帯鋸で挽くたびに表情を変えてゆく木目に一喜一憂しながら、大型機械を操るハンドルマンに厚みの指示をお願いします。
丸太自体の太さがないとはいえ、テーブルや箱ものの天板にできるようなきれいな木目の板がほしいと神頼みするような気持ちになる。

ひととおり製材を終えたところ。
水分を含んでいるので、薄っぺらい板のように見えるが、実はどれもずっしりと重い。

天然乾燥のあいだに樹皮や白太の部分はテッポウムシと呼ばれる小さなカミキリ虫の幼虫に最終的に食われる運命にあるのだが、被害を最小限に食い止めるためにも樹皮は必ず取り去らなくてはならない。
工芸やハンドクラフトと呼ばれるものづくりの命でもある材料がどこから来るのか(特に木工は素材がそのまま仕上げになるジャンル)斧を担いで山に入ることは出来ないにしても、できるだけ上流に遡ってみる必要は大いにあると考えている。

このあと木材割れ止め防止塗料、ランバーメイトを木口と板の真ん中に塗り、風が抜けるようにきれいに桟積みして、天然乾燥で4年、その後人工乾燥機に入れてから工房まで送ってもらい、さらに6年保管した。
ふう、気が長いなあ。
どんなものになるのか、あるいはどんなものにするのか全く決まっていない状態の材料をストックするのは、木工ほんらいのあり方であり、かくいう自分もそんな風にしながら木工という仕事が続けられたらと願うばかりであるが、とにかく仕事に余裕がないと出来ない事である。
贅沢な願いだろうか、それとも単なるわがままだろうか。

昨年に制作依頼を受けて、ああそうだ、あの材料があったと在庫をひっくりかえして、ギリギリの幅で板が取れそうなことが判明し、今回サイドボードの制作をした。

近頃の仕事としてホームページにもアップしました。

見通しが良くなるように

初めて老眼鏡を手にしてから2年が経過し、それ以来崖から転げ落ちるように一気に老眼が進んだと感じているのですが、そのうちメガネも三つに増えた。
一番最初につくった眼鏡は仕事用と割り切って、細かい加工の時など調子良く使っていたのだが、いかんせん人生最初の眼鏡だったせいで後々いろいろと気づくことがあり、なんといっても一番の問題点はデリケート過ぎるフレーム形状だった。
というのも、テンプル『つる』の部分があまりにも細すぎて、当然の帰結としてヒンジ部分も小さくなってくるのだが、仕事中はいい加減に扱っているせいかヒンジ部分がまず壊れた。

ノギスで測るとテンプル部分の幅はわずか3ミリしかない。

ニコン・エシロールのレンズ自体はとても良いのだが、、、

修理から上がってきたヒンジはレーザー溶接された新しいものだった。
3ミリ幅で蝶番を溶接するなんて、果たしてこれは職人技なのだろうか、もしくは機械の仕事なのだろうか?

もう一つ気になった点はノーズパットの形状で、遠くを見る際にメガネを頭の上に乗っけた時、ほぼ間違いなく髪の毛がノーズパットに引っ掛かるのである。
再び近くを見ようと眼鏡を戻す時、ノーズパットに髪の毛が1、2本挟まっていて引っ張ると痛くてイライラする。
この形状のノーズパットは仕事用としては不向きと気づき、フレームと一体型になっているものを探し、近所のショッピングモール内にあるZoffの「吊るし」の老眼鏡を買った。

もっと刃先を見たい時があるので、度数を一段階上げて+2.0にしたら、こんどは裸眼の時との落差があり過ぎて、眼鏡を外すと1メートル先もぼんやりして見えないような状態になるので、あまり手が伸びなくなった。

次は度数を一段階落として、ドイツ製の廉価版眼鏡を買ったのだが、今度はレンズがおもちゃみたいなプラスチックの質感で、その質の悪さが眼球から伝わってくるようで、かけ心地というより見え心地が常に気になり頻繁に洗ったり拭いたりする始末である。

眼鏡ストラップは洗濯ができる木綿のものが気に入っている。

今年も老眼鏡の迷走は続きそうだけれど、できれば良い眼鏡を新調したい。

新調といえば、追い入れ鑿を新調した。
仕事すればするほど、研いでは使って研いでは使ってどんどん短くチビていく道具。
つくってくれる鍛冶屋さんも減り、あの人か、この人かくらいになっている。

鑿箱も新調しようと木取りも済ませて、部材の加工に入ったまま中途半端になっている。
自分の道具を整えている時間がないのです。

カエデの柾目のいいとこ取りでつくろうとしているが、果たしていつ完成することやら。

以前、工房の外にFMアンテナを立ててラジオをずっと聞いていたのですが、それがいつの頃からかインターネットのradikoでラジオを聴くようになり、ipodからアンプに繋いでスピーカーに出力していて、一日中電源を繋ぎっぱなしでラジコやスポティファイを聞いていたせいか、ipodのバッテリーが膨張してきて(そもそも使い方を間違っている)、他の方法を考えていた。

ハードに使い過ぎてホームボタンもパンツがずり落ちたようになってしまった。

今はipodの代わりにアマゾンのエコーフレックスでラジコをつけている。
もう発売しないのだろうか、とても気に入っている。
3.5ミリのミニプラグから出力なんてオーディオマニアの人から見れば完全に子供騙しです。

古いミニコンポで20年使っているアンプにエコーからRCAケーブルで入力している。CDプレーヤーは一度修理したものの、木ぼこりのせいでいつも挙動不審。

ブックシェルフサイズの小さなスピーカーに繋ぎラジコをいつも聴いている。

仕事のことを少し。
昨年の5月に頂いた仕事。泣く泣く断った仕事もあるくらい、いろいろと声をかけていただき、2021年元旦まだ完成しておりません。
これから引き戸を塗装して組み立てて、脚部の加工と旋盤、貫を組み立てれば完成です。

かまちに組む引き戸の鏡板が幅広なので、上桟、下桟に突いた小穴の真ん中にさらにほぞ穴を開けて、ほぞ付きの鏡板にします。

ヤマザクラ材、堅過ぎずやわらか過ぎず、カンナで削ると甘い香りがします。